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横浜地方裁判所 昭和55年(タ)21号 判決 1982年10月19日

原告 三芳伸子

被告 ジヨージ・ヒロヤス・カンダ 外一名

主文

一  ハイチ共和国ポルトープランス民事裁判所が、ジヨージ・ヒロヤス・カンダを原告とし、三芳伸子を被告とする離婚請求事件につき、昭和五三年九月二六日に言渡した「原告と被告とを離婚する。」旨の判決により翌二七日同地の戸籍吏により離婚証書が作成された離婚は、本邦において承認されない。

二  被告ジヨージ・ヒロヤス・カンダと被告池上秋子とが昭和五四年一月二〇日に茨城県鹿島郡○○町長に対し届出をした婚姻は無効であることを確認する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  主文同旨の判決を求める。

2  主文第二項につき予備的請求

被告ジヨージ・ヒロヤス・カンダと被告池上秋子とが昭和五四年一月二〇日に茨城県鹿島郡○○町長に届出た婚姻を取消す。

二  本案前の申立(被告両名)

本件訴を却下する。

三  本案の答弁

1  被告ジヨージ・ヒロヤス・カンダ

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  被告池上秋子

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告と被告ジヨージ・ヒロヤス・カンダ(以下「被告ジヨージ」という。)は、昭和三三年六月一〇日、横浜市中区長に対し、婚姻の届出をした。

2  しかるに、被告ジヨージは、昭和五三年九月二六日、ハイチ共和国ポルトープランス民事裁判所において、被告ジヨージと原告とを離婚する旨の判決(以下「本件離婚判決」という。)を得、翌二七日右判決に基づいて同地の戸籍吏から離婚証書の交付を受けた。

3  しかしながら、本件離婚は、次の理由により、本邦においては承認されない。

(一) 原告と被告ジヨージは本件離婚判決当時ハイチ共和国の国民ではなく同国に住所又は常居所を有しなかつたので、我が国際民事訴訟法の原則に照らし、本件離婚判決をしたハイチ共和国の裁判所には一般間接管轄が認められないから、民事訴訟法第二〇〇条第一号の要件を欠く。

(二) 原告は、昭和五三年九月一九日、ハイチ共和国の裁判所から、被告ジヨージを原告とし、原告を被告とする離婚の訴が提起されたから同月二六日に同裁判所に出頭するようにとの呼出状を受け取つたので、これに対し、同月二〇日付で、同裁判所に対し、経済的理由、出国手続に相当日数を要することなどの理由により、右指定の日時に出頭できない旨連絡した。

しかるに、同裁判所は、その後原告に出頭の機会を与えないまま一回の審理で本件離婚判決をなしたものであり、民事訴訟法第二〇〇条第三号の要件を欠く。

(三) 外国離婚判決を我が国が承認するためには、民事訴訟法第二〇〇条第一号、第二号及び第三号の外に、当該判決が法例第一六条の定める準拠法、すなわち原因たる事実の発生したる当時の夫の本国法を適用したものであるべしとの要件を充足したことが必要であると解されるところ、本件離婚判決は原告と被告ジヨージとの性格不一致を離婚原因としているが、同被告の本国法であるニユーヨーク州離婚法は性格の不一致を離婚原因に数えないから、本件離婚判決はこれを承認することができない。

仮に右の夫の本国法が、被告ジヨージの住所が日本において認められることにより日本法であるとしても、日本の離婚法上性格の不一致は離婚原因には該らないから、本件離婚判決を承認することはできない。

4  (一) 被告ジヨージと被告池上秋子(以下「被告秋子」という。)は、昭和五四年一月二〇日、茨城県鹿島郡○○町長に対し婚姻の届出をした(以下「本件婚姻」という。)。

しかしながら、原告と被告ジヨージの婚姻は存続しているのであるから、被告ジヨージと被告秋子の右婚姻は重婚に該当する。

(二) ところで、被告ジヨージはアメリカ合衆国の国籍を有し、被告秋子は日本国籍を有するが、婚姻成立の実質的要件は、法例第一三条の規定により各当事者につきその本国法が準拠法となる。そして、被告ジヨージについては、アメリカ合衆国は地方により法律を異にする国であるから法例第二七条第三項の規定によるべきところ、同人は、ニユーヨーク州生れであり、同州法によれば、重婚は婚姻の無効原因とされている。

仮に同人の住所(ドミサイル)が横須賀市にあるとすると、その準拠法は日本民法ということになるが、同法によれば、重婚は婚姻の取消事由である。

被告秋子についての準拠法は日本民法である。

そうして、それぞれの本国法上婚姻の要件の欠缺がみられる場合には、当該欠缺に対してより厳重な効果をみとめる本国法が適用されるものと解すべきである。

したがつて、被告ジヨージについての準拠法がニユーヨーク州離婚法であるときは、被告ジヨージと被告秋子との婚姻は無効となり、被告ジヨージにつき準拠法が日本民法である場合は、右婚姻は取消されるべき婚姻となる。

5  よつて、原告は本件離婚が本邦においては承認されないこと及び被告両名に対し、主位的に本件婚姻の無効確認を、予備的に本件婚姻の取消を、それぞれ求める。

二  本案前の申立の理由

本件訴は、以下に述べるところにより、不適法な訴であるから却下されるべきである。

1  原告は本件判決が民事訴訟法第二〇〇条所定の要件を充足していないと主張しているが、同条は、外国で勝訴の判決を得た者が本邦において執行判決を得るための要件を規定したものであり、外国における判決の敗訴者は援用し得ない規定である。

2  また、民事訴訟法第二〇〇条の規定を身分上の事項に関する外国判決に適用することは、甚だ不合理であるといわざるをえない。すなわち、ある外国人が、その属する国の法律に従い適法に離婚判決を得てこれが確定しているにもかかわらず、その属する国以外の国において右判決の効力が否定されるのであれば、人の身分関係の安定は望むべくもないからである。

三  請求原因事実に対する認否

1  請求の原因1及び2の各事実は認める。

2  同3の主張は争う。

(一) 本件判決は法例第一六条の規定に照らしても何ら非難すべき点がない。

被告ジヨージは、本件離婚判決当時、アメリカ合衆国デラウエア州に住所を有し、ハイチ共和国で適法に本件離婚判決を取得し、同州法の承認を得、然る後被告秋子と同州法に従い婚姻した。また、仮に被告ジヨージの住所が、原告主張のごとくニユーヨーク州にあつたとしても、同州の外国判決承認規則によればたとえ一方当事者のみの得た判決であつても、原則的に承認すべきもので、例外的に、これを承認すれば著しく渉外私法上の正義に反する場合、即ち積極的に防禦の意思を有する被告の防禦ができないような状態下に、換言すれば、故意に外国で判決を詐取した場合にのみ承認しないこととなつている。本件判決にこのような事情はない。

結局被告ジヨージは、同人の属する国の法律に従い適法に承認される本件離婚判決を取得したのであり、法例第一六条に違反するところはない。また、本件離婚は、同条但書に牴触するところはなく、いわんや法例第三〇条に該当するものでもない。

(二) ハイチ共和国の裁判所には、本件離婚判決当時本件離婚訴訟事件の管轄権があつた。

3  (一) 同4の(一)のうち、被告両名が原告主張のとおり婚姻の届出をしたことは認め、右婚姻が重婚にあたるとの点は否認する。

(二) 同4の(二)の主張は争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  本案前の申立1について。

被告らの主張は要するに、本邦においては、外国判決の承認を前提とした執行判決のみが許され、本件訴の如き外国判決不承認の訴は許されるべきでないということに帰着する。たしかに、外国判決の承認を主たる手続によつて求める場合には、常に執行判決を求める訴によるべきであつて外国判決承認の訴を認めるべきではないとの主張も理解できない訳ではない。しかし、外国判決の不承認を求める場合には(民事訴訟法第二〇〇条各号は外国判決承認の要件であつて、執行の要件ではない。それが執行の要件となるのは、民事執行法第二四条の規定によつてである。従つて、いやしくも外国判決が存在する以上、その不承認を主張することも当然に許されなければならない。)、執行判決を求める訴の如き代替物が存しない以上論理必然的に外国判決不承認の訴が許容されなければならない(このような訴は、外国の訴訟において当事者となつていなかつた者に対して、又はその者から提起することができるという点にその実益がある。)。よつて、この点に関する被告らの主張は理由がない。

二  本案前の主張2について。

被告らの主張は要するに、民事訴訟法第二〇〇条が予定している「判決」は「執行を要する判決」すなわち主として財産権上の請求に関する判決であつて身分上の判決は、同条の適用外であるというに帰着する。たしかにすべての判決が執行を要するものとは限らないから、すべての外国判決が執行判決を要するものとはいえない。しかし、人の身分及び能力に関する外国判決であつても、「財産に対する有形の執行行為」又は「人に対する強制行為」をなすべきときには矢張り執行判決が必要であるし、更に一般的に法律関係を明確にするために執行判決を求めることも許されて良いと思われる(この後者の場合には、執行判決ではなくて「外国判決承認の訴」を求めるべきであるとも考えられるが、この場合にも当然、外国判決承認の要件を規定した民事訴訟法第二〇〇条が適用されなければならない。)。また、身分上の判決について同条の規定の適用を排斥する論者も結局のところ、規定欠缺の理由によつて同条の類推適用乃至準用を認める(同条第四号の要件を排除し、準拠法に関する要件を附加する。)のでその結論においては大差がなく、原告の訴を却下する根拠とはなし得ない。

よつて、この点に関する被告らの主張も理由がない。

三  本件離婚判決の効力について。

1  その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第三号証の五によれば請求の原因1の事実が、外国官庁の作成に係り真正な外国公文書と推定される甲第三号証の六及び七並びに被告ジヨージ本人尋問の結果によれば同2の事実がそれぞれ認められる。

2  本件離婚判決はハイチ共和国ポルトープランス民事裁判所によつてなされたものであるが、原告、被告ジヨージ各本人尋問の結果によれば、当該離婚訴訟提起当時もそれ以前にも、当該離婚事件の被告たる本件原告はもちろん、当該離婚事件の原告たる本件被告ジヨージも、ハイチ共和国に国籍並びに住所及び常居所を有していなかつたことが認められる。

またハイチ共和国の裁判所に管轄を認めなければ、著しく国際私法上の正義に反すると認むべき特段の事情(他に管轄裁判所がないという如く。)も見当らない。

したがつて、本件離婚判決は、管轄権を有しない裁判所によつてなされたもので、民事訴訟法第二〇〇条第一号所定の要件を欠くから、その余の点につき判断するまでもなく、右判決及びそれに基づいて作成された離婚証書による離婚は、本邦においては承認されない。

四  本件婚姻について。

1  その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第四号証によれば、請求原因4(一)前段の事実が認められる。

2  本件離婚が本邦において承認されないことは前記のとおりであるから被告両名の婚姻は、本邦において重婚となる。そこで、右の後婚は無効であるか取消し得べきものであるかを検討しなければならない。

3  被告ジヨージ本人尋問の結果によれば同人はアメリカ合衆国の国籍を有し、前掲甲第四号証によれば被告秋子は日本国籍を有することがそれぞれ認められるところ、本件婚姻の実質的成立要件については、法例第一三条の規定により、被告ジヨージ及び被告秋子のそれぞれの本国法が適用されることとなる。

しかして、アメリカ合衆国は地方により法律を異にするから、法例第二七条第三項の規定により、被告ジヨージの属する地方の法律によるべきところ、アメリカ合衆国ではその住所(ドミサイル)の所在地をもつてその属する地方(ステイト・シチズンシツプ)とするとの不文の原則が存すると認められるから、被告ジヨージの現在の住所(ドミサイル)所在地の法律によることとなる。

ところで被告ジヨージ本人尋問の結果によれば、被告ジョージは、昭和九年に父母の居住するアメリカ合衆国ニユーヨーク州で出生し、その後昭和一五年に母とともに日本に移住し、以来日本において居住していること、父とは被告ジヨージ及び母が日本に移住したときには別居していたことが認められ、右事実によれば、右移住のときに、母の住所に従つて日本において住所(ドミサイル)を取得したものと認められる。原告は、被告ジヨージはアメリカ合衆国海軍に雇用されて日本に居住しているのであるから、日本において住所(ドミサル)はない旨主張するが、前示のとおり同人は昭和一五年(当時六歳)以降本邦に居住していたのであるから、右海軍に雇用されていることをもつて、右住所の取得を否定することはできず、原告の主張は理由がない。

このように本国である合衆国内にドミサイルを認めることができない場合には、法例が本国法を準拠法とした趣旨に照らし、本国内における最も密接な関係を有した地方の法律が

、その者の属する地方の法律であると解すべきである(遺言の方式の準拠法に関する法律六条後段参照)。

ところで被告ジヨージ本人尋問の結果によれば、被告ジヨージはニユーヨーク州において出生したこと及び昭和一五年に当時六歳であつた同人は母とともに日本に渡来し、以後一時期を除き日本において居住していることが認められ、同人の本源住所(ドミサイル・オブ・オリジン)はニユーヨーク州にあると認められる。したがつて、被告ジヨージのアメリカ合衆国における最も密接な関係を有した地方の法律は、その本源住所地であるニユーヨーク州の法律であると解される。

被告らは、被告ジヨージの選定住所がアメリカ合衆国デラウエア州にあつた旨主張するが、被告ジヨージ本人尋問の結果によれば、同被告は、原告との離婚が日本国内で果せないと考え、有給休暇を利用してまずニユーヨーク州に赴き、離婚の訴の提起を考えたが、定住の要件がなく、同州裁判所に提訴することを断念し、次いで被告秋子の兄の居住するデラウエア州に移り、ハイチ共和国において比較的容易に離婚手続を進めることができることから、本件離婚判決を取得し、その後同州で被告秋子と婚姻し、この間約三箇月間同州に滞在したにすぎず、同州に不動産を所有せず、同州において選挙権を行使したこともなくその後日本に帰り、右婚姻の届出をしていることが認められる。同被告は、デラウエア州に定住する意思があつた旨供述するが、右渡米の目的及び有給休暇を利用しての渡米であることに照らし、右供述は信用できない。

そうすると、デラウエア州にドミサイルを認めることはできず、準拠法を定めるにつき最も密接な関係を有した地として同州を選ぶのも適当ではない。

そうして、重婚は、ニユーヨーク州法によれば婚姻の無効原因とされており、また被告秋子について適用される日本民法第七四四条、第七三二条の規定によれば、取消事由とされているが、かかる場合より厳重な効果を認めるニユーヨーク州法によつて、無効となるものと解すべきである。

五  結論

以上の次第で、本件離婚判決及び証書による離婚の不承認及び本件婚姻の無効確認を求める本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三井哲夫 裁判官 曽我大三郎 竹内民生)

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